M26 直接、神に到達することはできるのか?

2013年07月08日
マニュアル21~30 0

父よ、私たちは、あらゆる状況において、あなたの声が私たちとともにあり、その声が私たちの思いと一歩一歩を導いてくださることを思い出します。

あなたのおかげで、私たちはひとりぼっちではありません。あなたのおかげで、私たちには兄弟がいます。あなたは私たちを慰めのない状態に捨て置かれず、道を照らす心強い仲間をお与えになりました。

あなたの名において、私たちはこの旅を祝福し、苦しみの唯一の源である罪悪感が終わることを絶え間なく祈り求めます。それを終わらせるために、あなたのくださった贈り物、罪悪感なしにやり取りできる唯一の贈り物をしっかり抱きしめます。

父よ、この赦しの贈り物を感謝します。深い考えを持ってこれを用いたいと思います。そして、あらゆる状況において、これを用います。私たちはこの贈り物とともに、あなたの光を魂のあらゆる暗黒の場所にもたらしたいと思っています。

Jesus Christ

イエス・キリスト(ポール・フェリーニ著「無条件の愛 キリスト意識を鏡として」199ページ)





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今回は、マニュアルから神への到達についての一節をご紹介します。


「神の教師たちの偉大なる教師」

この節では、神に到達し神の子の自覚を得て解脱を遂げながら、肉体を去った後も私たち後進を指導するために居残ってくれている偉大な霊である「神の教師たちの偉大なる教師」について触れられています。

彼らは、もはや目に見える存在ではないけれど、必要に応じて姿を現したり、言葉を伝えたりしてくれるということです。

当然、イェシュアもそのような存在のひとりです。

私たちすべての存在のことを彼らは気づいており、私たちに必要なことをすべて理解したうえで、私たちの間違いをすべて看過してくれているということです。

そして私たちが目覚めるまでは、すべての贈り物を与えて支援してくれているというのです。


3.「Those who have laid the body down merely to extend their helpfulness to those remaining behind are few indeed.
 ただあとに残す者たちのために自分がずっと役に立てるようにするためにだけ身体を去った人たちは、本当にわずかしかいません。

 And they need helpers who are still in bondage and still asleep, so that by their awakening can God's Voice be heard.
 そして、彼らは、いまだに束縛の中で依然として眠り続けている者たちによる助けを必要としています。それは、その者たちが目覚めることによって、神の大いなる声が聞き入れられることになるからです。」





偉大なる教師への呼びかけが無駄に終わることはない

2.「No one can call on them in vain.
 誰も、彼らに呼びかけて無駄に終わることはありえません。

 Nor is there anyone of whom they are unaware.
 それに、彼らに気づいてもらえない者など誰ひとりいません。

 All needs are known to them, and all mistakes are recognized and overlooked by them.
 彼らにはすべての必要性がわかっているし、彼らはすべての間違いを認識しながらも、それを看過してくれています。

 The time will come when this is understood.
 このことの意味がわかるときがやってくるでしょう。」


イェシュアが自分のようなちっぽけな存在を気にかけるはずがないと考えるのは傲慢なこと

私たちは、素朴な謙遜から、神やイェシュアのような偉大な存在が、何十億もいる人間のひとりにすぎないちっぽけな自分のことなど気にかけるはずがないと感じます。

しかし、それは錯覚であり、そのように信じるのは、一見謙虚なことのように見えるけれど、偉大な存在の能力を見損なって愚弄し冒涜することだとすら言うべきかもしれません。

一者であり、時間と空間を超越するすべての顕現の大元である全能の存在に、助けを求めて自分を呼ぶ者の声に気づき助けとなることくらい造作のないことだとは思わないでしょうか。

さすがの神様も何十億人もの願いを調整するのは至難の業だというのは、神を擬人化して自分と同じ次元に貶めてはじめて出てくる発想です。

神を人間レベルに引きずり下ろして冒涜するのはやめましょう(笑)。


アトレーユのように、神の子の友となって彼が現実に帰還できるよう手助けしましょう

さて、本節の冒頭のつぎの件(くだり)は、はてしない物語のラストシーンを思い起こさせます。

「1. God indeed can be reached directly, for there is no distance between Him and His Son.
 神に直接に到達することが可能なのは間違いありません。というのも、神と神の子との間には何の隔たりもないからです。

 His awareness is in everyone's memory, and His Word is written on everyone's heart.
 神の意識は、すべての者たちの記憶の中にあります。そして、神の大いなる言葉は、みんなの心に刻まれています。

 Yet this awareness and this memory can arise across the threshold of recognition only where all barriers to truth have been removed.
 しかし、神の意識と神の記憶は、真理への障害のすべてが取り除かれた場所にだけある気づきの戸口を通り抜けないと目を覚ますことができません。」

すべての記憶を失い自分の名前すら忘れたバスチアンは、かつて救い主の美名に酔いしれるために「救って」やった芋虫アッハライの成れの果ての道化蛾シュラムッフェンによって現実世界に帰る最後の手がかりである雲母でできた薄い板に描かれた絵(現実世界の記憶がファンタージエン国に堆積した地層であるミンロウド鉱からバスチアンが苦労して掘り出したもの)を壊されて、現実に帰る手段を失います。

バスチアンが、かつて自分の地位を脅かす敵であると誤信して剣で胸を突いた友アトレーユの前に、それまで首に下げてつねに身につけていた女王幼ごころの君の象徴であるアウリンを外して地面に置くと、アウリンは生命の泉を守る白と黒の陰陽二匹の蛇がお互いの尾を噛む円環に囲まれた巨大なドームに姿を変えます。

ファンタージエン国と人間世界は、人間がファンタージエン国に訪れてさまざまな経験をして自分の世界に帰ることで、それぞれの国がお互いに健やかで豊かになります。

アウリンは、人の子に、すべての望みを叶える力を与えますが、それが真の望みでないかぎり、人の子から現実世界の記憶を代償として奪います。

空想の世界であるファンタージエンで何かを得、何者かになるには、読み手は、現実世界にいる本当の自分を忘れ、現実の記憶を失う必要があるからです。

神の子は、幻想世界であるこの世界に私たちというアバターとしてやってきて完全に現実世界である天国の記憶、自分自身の記憶を喪失しています。

私たちは、アトレーユのように、兄弟たちの姿に身をやつして現実に帰れなくなった神の子が自分の首からアウリンを外して生命の泉の水を飲むことができるように手助けしなければなりません。

私たち自身、その兄弟と同じ神の子だからです。




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Section 26
第26節

Can God Be Reached Directly?
神に直接、到達することはできるのか



1. God indeed can be reached directly, for there is no distance between Him and His Son.
 神に直接に到達することが可能なのは間違いありません。というのも、神と神の子との間には何の隔たりもないからです。

 His awareness is in everyone's memory, and His Word is written on everyone's heart.
 神の意識は、すべての者たちの記憶の中にあります。そして、神の大いなる言葉は、みんなの心に刻まれています。

 Yet this awareness and this memory can arise across the threshold of recognition only where all barriers to truth have been removed.
 しかし、神の意識と神の記憶は、真理への障害のすべてが取り除かれた場所にだけある気づきの戸口を通り抜けないと目を覚ますことができません。

 In how many is this the case?
 この状態に到達する者はほとんどいません。

 Here, then, is the role of God's teachers.
 だから、ここにこそ、神の教師の役目があるのです。

 They, too, have not attained the necessary understanding as yet, but they have joined with others.
 神の教師たちもまた多くの者たちと同じように、今はまだ必要な理解を獲得するには至っていません。それでも、彼らは、すでにほかの者たちとひとつに結びついているのです。

 This is what sets them apart from the world.
 ほかの者たちとひとつに結ばれていることが、神の教師たちを世界から超然と隔絶させることになります。

 And it is this that enables others to leave the world with them.
 そして、この神の教師の世界からの超然性が、ほかの者たちが神の教師たちと一緒にこの世界を去ることを可能にするのです。

 Alone they are nothing.
 ひとりだけでは、彼らは何もできません。

 But in their joining is the power of God.
 しかし、彼らがひとつに結びつくことで、神の力が発現します。



2. There are those who have reached God directly, retaining no trace of worldly limits and remembering their own Identity perfectly.
 神に直接に到達して、この世界の制限の痕跡を一切保つことなく、自分が本当は何者なのか完全に思い出した者たちが存在します。

 These might be called the Teachers of teachers because, although they are no longer visible, their image can yet be called upon.
 このような者たちは、教師たちの中でも最も偉大な教師と呼んでよいでしょう。なぜなら、彼らはもはや目に見える存在ではありませんが、今なお助けを求めて彼らの姿を呼び起こして頼ることができるからです。

 And they will appear when and where it is helpful for them to do so.
 それに、姿を現したほうが役に立つ時や場所においては、彼らはその姿を現してくれるでしょう。

 To those to whom such appearances would be frightening, they give their ideas.
 そのように姿を現されることを怖がってしまうような者たちに対しては、彼らは自らの想念を伝えてくれます。

 No one can call on them in vain.
 誰も、彼らに呼びかけて無駄に終わることはありえません。

 Nor is there anyone of whom they are unaware.
 それに、彼らに気づいてもらえない者など誰ひとりいません。

 All needs are known to them, and all mistakes are recognized and overlooked by them.
 彼らにはすべての必要性がわかっているし、彼らはすべての間違いを認識しながらも、それを看過してくれています。

 The time will come when this is understood.
 このことの意味がわかるときがやってくるでしょう。

 And meanwhile, they give all their gifts to the teachers of God who look to them for help, asking all things in their name and in no other.
 それまでは、彼らは、ほかでもない彼らの名の下にあらゆることについて彼らの助けを求める神の教師たちに、全力で助けてくれているのです。



3. Sometimes a teacher of God may have a brief experience of direct union with God.
 ときには、神の教師は、直接神と結びつく束の間の体験をするかもしれません。

 In this world, it is almost impossible that this endure.
 この世界では、神との一体感を持続させるのはほとんど不可能です。

 It can, perhaps, be won after much devotion and dedication, and then be maintained for much of the time on earth.
 もしかしたら、長く深い全身全霊を投じた献身のあとに神との一体感を獲得して、それから、この地上での多くの時間に亘って一体感を維持できるようなこともあるかもしれません。

 But this is so rare that it cannot be considered a realistic goal.
 しかし、このようなことは非常に稀なことなので、それを目標にするのは現実的ではありません。

 If it happens, so be it.
 もしそれが起こるなら、起こるに任せればよいのです。

 If it does not happen, so be it as well.
 もしそれが起こらないなら、同じように、それでよいのです。

 All worldly states must be illusory.
 世界の状況というのは、どれもみな幻想に違いないからです。

 If God were reached directly in sustained awareness, the body would not be long maintained.
 もし神に直接触れる自覚が続くなら、身体をそう長くは維持できないでしょう。

 Those who have laid the body down merely to extend their helpfulness to those remaining behind are few indeed.
 ただあとに残す者たちのために自分が役に立てる貢献を拡張するためにだけ身体を去った人たちは、本当にわずかしかいません。

 And they need helpers who are still in bondage and still asleep, so that by their awakening can God's Voice be heard.
 そして、彼らは、いまだに束縛の中で依然として眠り続けている者たちによる助けを必要としています。それは、その者たちが目覚めることによって、神の大いなる声が聞き入れられることになるからです。



4. Do not despair, then, because of limitations.
 だから、制限があるからといって、落胆するには及びません。

 It is your function to escape from them, but not to be without them.
 制限から脱出することがあなたの役目なのであって、制限を持たずにいることがあなたの役目なわけではないからです。

 If you would be heard by those who suffer, you must speak their language.
 もしあなたが苦しんでいる人たちに聞いてもらいたいなら、あなたはその人たちの語る言葉で話さなければなりません。

 If you would be a savior, you must understand what needs to be escaped.
 もしあなたが救い主になりたいなら、あなたは何から逃れる必要があるのか理解していなければなりません。

 Salvation is not theoretical.
 救済は机上の空論ではないのです。

 Behold the problem, ask for the answer, and then accept it when it comes.
 問題を直視して、答えを求めてください。それから、答えがやってきたら、それを受け入れてください。

 Nor will its coming be long delayed.
 それに、その答えがやってくるまで、そんなに長くは待たされないでしょう。

 All the help you can accept will be provided, and not one need you have will not be met.
 あなたに受け入れることのできる手助けはすべて与えられるでしょう。何ひとつとして、あなたが必要とするものが与えられないままにはならないでしょう。

 Let us not, then, be too concerned with goals for which you are not ready.
 ですから、まだあなたが到達する準備のできていない目標については、そんなに心配しないようにしましょう。

 God takes you where you are and welcomes you.
 神は、あなたが本当にいる場所へとあなたを連れて行って、あなたを歓迎してくれるのです。

 What more could you desire, when this is all you need?
 あなたに必要なことはこれだけだというのに、これ以上の何をあなたは望もうというのでしょうか。


次

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It’s not how much we give, but how much love we put into giving. – Mother Teresa

 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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