There Is No Spoon

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T28-2 原因と結果の逆転

今回は、テキスト第二十八章から「原因結果を逆転させる」という一節をご紹介します。






7.については、補足が必要と思います。


「7. The miracle establishes you dream a dream, and that its content is not true.
 奇跡は、あなたが見ているのであり、そのの内容は真実ではないと立証します。

 This is a crucial step in dealing with illusions.
 これは幻想に対処するうえで、決定的に重要な一歩です。

 No one is afraid of them when he perceives he made them up.
 自分が幻想をでっちあげたのだとわかれば、誰も幻想に恐れを抱くことなどありません。

 The fear was held in place because he did not see that he was author of the dream, and not a figure in the dream.
 恐れが幅を利かせていたのは、彼がそのの中の単なる一登場人物ではなく自分こそがの作者だとわかっていなかったからです。

 He gives himself the consequences that he dreams he gave his brother.
 自分が作者だと気づいていない見る者は、自分が兄弟になしたと夢見ていることが導く帰結を自分自身に与えることになります。

 And it is but this the dream has put together and has offered him, to show him that his wishes have been done.
 そして、その夢が、彼の願いが叶えられたことを彼に示そうとして寄せ集めて彼に差し出しているものは、彼が兄弟にしたと夢見たものでしかないのです。

 Thus does he fear his own attack, but sees it at another's hands.
 このようにして、彼は実は自分の攻撃を恐れているのですが、彼には、その攻撃が他者の手によってなされているものに見えています。

 As victim, he is suffering from its effects, but not their cause.
 犠牲者として、彼は攻撃という結果のせいで苦しんでいますが、その原因によって苦しんでいるわけではありません。

 He authored not his own attack, and he is innocent of what he caused.
 彼は自分自身の攻撃を作ってはいないので、彼は自分の引き起こしたことについてはないというわけです。

 The miracle does nothing but to show him that he has done nothing.
 奇跡は、彼は何もしてはいないということを彼に示すだけです。

 What he fears is cause without the consequences that would make it cause.
 彼が恐れているのは、原因原因たらしめる結果を伴わないような原因のことなのです。

 And so it never was.
 したがって、結果の無い原因など決して存在したことはないのです。」

この中の、
「 As victim, he is suffering from its effects, but not their cause.
 He authored not his own attack, and he is innocent of what he caused.
 The miracle does nothing but to show him that he has done nothing. 」
の意味がわかりにくいと思います。

原文の通りに直訳すると、
「彼は犠牲者として、その結果に苦しんでいるが、その原因には苦しんでいない。彼は自分の攻撃の作者ではなかったので、彼は自分が引き起こしたものに関して潔白ということになる。奇跡は、ただ彼が何もしなかったと彼に示すだけだ」
という感じになりますが、彼が自分の攻撃の作者でなかったので、無潔白だということと、奇跡が彼は何もしなかったと示すということがどういうつながりなのか今ひとつ判然としないと思います。

ポイントは、①彼が自分の攻撃の作者でないので、潔白だ、ということと、②奇跡は彼が何もしていないことを示すということの意味を順列でつながるものと見るか、つまり、①が正しい前提といえるかどうかです。

①が正しいとすれば、
彼が自分の攻撃の作者でないので、潔白だ、だから、奇跡は彼が何もしていないことを示す
というつながりになります。

これに対して、①が正しくなければ、
彼は自分の攻撃の作者でないので、潔白だと思っている、しかし、奇跡は本当は彼が何もしていないことを示す
というつながりになります。

結論として①は正しい前提ではありません。
彼は攻撃という夢の作者であるにもかかわらず、攻撃をしているのは自分ではなく他者なのだと自分に信じ込ませて、自分ではなく他人が攻撃してくるのだから、自分は悪くない、潔白なのだと思い込んでいるだけです。

したがって、上記の①、②は、彼が攻撃の作者でないがゆえに潔白であるから、奇跡は何もしていないと示すというつながりではなく、彼は自分のことを攻撃の作者でないから潔白だと思い込んでいるが、彼が夢の中で自分を潔白と思い込んでいることによるのではなく、夢の中での出来事を自分で作り出しているだけだから、奇跡は、現実においては、彼は何もしていないということを示すのだという意味になります。

コースでは、コースが主張している地の文なのか、反論する前提で、コースが与しないエゴの主張を敷衍する文なのか、一見区別がつかないような文章がちょこちょこと出てきます。
主張と反論の対象なわけですから、反論の対象を主張部分として解釈すると、まったく逆の意味になってしてしまう危険があり、翻訳された日本語版だけで読んでいると、まったく正反対の解釈をしてしまうリスクがあります。

翻訳を素材に勉強する際には、必ず、ここの文章の意味はこれでいいんだろうか、という箇所にぶち当たることがあるはずです。

そういうときは、立ち止まって、はたしてこの訳は原文の意味を伝えきれているだろうかとご自分で原文に当たってみるようにされるとよいと思います。

意味がわからなくても無理矢理覚え込もうという頭から信心してしまうスタンスではなく、自分の中の聖霊と対話する素材として使う道具として読むことが大切だと思います。


The Message of A Course in Miracles A translation of the Text in plain language
Message Of A Course In Miracles: A Trans: A Translation of the Text in Plain LanguageMessage Of A Course In Miracles: A Trans: A Translation of the Text in Plain Language
(2010/05/11)
Elizabeth A. Cronkhite

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は、コースを平易な言葉に直した本ですが、英語を母国語とする人が意味をわかりやすく表現し直しているだけに、誤解釈の余地は比較的少ないと思いますので、該当箇所を抜粋してご紹介します。

The Message of A Course in Miracles A translation of the Text in plain language 「If you see yourself as a victim, you suffer from the effects of attack, but not its cause.
もしあなたが自分自身を被害者として見るなら、あなたは攻撃の結果によって苦しむことになるが、その原因に苦しむのではない。

You do not want to see that you caused the attack, so that you can see yourself innocent of it.
あなたは、自分自身が攻撃に責任がないと見ることができるように、自分がその攻撃を引き起こしたということを理解することを望まない。

But underneath you know you did this to yourself, and your experience of the miracle only shows you that you have nothing real.
しかし、無意識に、あなたは自分が自分自身に対して攻撃したのだということを知っており、あなたが体験する奇跡は、ただあなたが何も現実にはなしてなどいないということをあなたに示すだけだ。 」

彼が自分の攻撃の作者ではないというのは、その人が夢の中で自分勝手に思い込んでいることです。
実のところは、彼は、自分の夢の作者であり、自分の攻撃の作者でもあるわけなので、彼が他人が攻撃するので自分は関わりがないから潔白だと自分を信じ込ませようとしているのは欺瞞ということになります。

これに対して、奇跡が示すのは、彼が自己欺瞞でごまかそうとしているように、彼が攻撃と無関係だから潔白だということではなく、自分こそがその攻撃の夢をでっちあげた作者であり、夢の中での攻撃は幻でしかないので、彼は実は攻撃も何もしてなどいないので潔白だということです。


「As victim, he is suffering from its effects, but not their cause.
 犠牲者として、彼は攻撃という結果のせいで苦しんでいますが、その原因によって苦しんでいるわけではありません。」
「その原因」というのは自分が夢見ている自分の攻撃のことです。

「He authored not his own attack, and he is innocent of what he caused.
 彼は自分自身の攻撃を作ってはいないので、彼は自分の引き起こしたことについてはないというわけです。」
実は自分が作り出している夢の攻撃を彼自身は、自分が作ったものでないと考えようとして、それゆえに、実は自分が(夢の世界で)引き起こしたことについて、自分は潔白で責任がないと思い込もうとしている。

「The miracle does nothing but to show him that he has done nothing.
 奇跡は、彼は何もしてはいないということを彼に示すだけです。」
しかし、奇跡は、彼が自作自演で他者による攻撃を作り出している夢でしかないから、彼は本当は何もしてなどいないということを単に示すだけだ。




テキスト第二十八章

II. Reversing Effect and Cause
二 結果と原因を逆転させる


1. Without a cause there can be no effects, and yet without effects there is no cause.
 原因がなければいかなる結果もありえません。反対に、結果が伴わなければ原因は存在しないことになります。

 The cause a cause is made by its effects; the Father is a Father by His Son.
 原因が原因となるのは、その結果によってです。父が父であるのは、彼に子があるがゆえのことです。

 Effects do not create their cause, but they establish its causation.
 結果がその原因を創造するわけではありませんが、結果が因果関係を成り立たせます。

 Thus, the Son gives Fatherhood to his Creator, and receives the gift that he has given Him.
 こうして、子は自らの創造主に父性を与え、そして、自分が創造主に渡したその贈り物を受け取ることになります。

 It is because he is God's Son that he must also be a father, who creates as God created him.
 子は神の子であるがゆえに、子もまた親として、神が自分を創造してくれたように創造します。

 The circle of creation has no end.
 この創造の円環には終わりがありません。

 Its starting and its ending are the same.
 創造の始まりと終わりは同じものです。

 But in itself it holds the universe of all creation, without beginning and without an end.
 しかし、その円環そのものの内には創造されたすべてのものを含む宇宙があり、そこには始まりもなければ終わりもありません。


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2. Fatherhood is creation.
 父性とは、創造することです。

 Love must be extended.
 愛は必ず拡張していきます。

 Purity is not confined.
 純粋なものを閉じ込めておくことはできないのです。

 It is the nature of the innocent to be forever unconfined, without a barrier or limitation.
 何の障害や制限もなく、永遠に封じ込められえないことが、潔白なるものの本質です。

 Thus is purity not of the body.
 したがって、清らかさは身体には属しません。

 Nor can it be found where limitation is.
 それに、清らかさを限界があるところに見出すこともできません。

 The body can be healed by its effects, which are as limitless as is itself.
 身体はこのような純粋なものそれ自体と同様に無限である清らかさの結果によって癒されることができます。

 Yet must all healing come about because the mind is recognized as not within the body, and its innocence is quite apart from it, and where all healing is.
 しかし、すべての癒しが起こるのは、心は身体の中にあるのではなく、心の清らかさは身体からはまったくかけ離れたすべての癒しが存在するところにあることに気づくことに基づきます。

 Where, then, is healing?
 それでは、癒しはどこにあるのでしょうか。

 Only where its cause is given its effects.
 それは、ただ癒しの原因に癒しという結果が与えられるところにだけあります。

 For sickness is a meaningless attempt to give effects to causelessness, and make it be a cause.
 というのも、病気は、結果を原因とはならないものに渡して、それを原因となるように変えてしまおうとする無意味な試みだからです。




3. Always in sickness does the Son of God attempt to make himself his cause, and not allow himself to be his Father's Son.
 病気になるとつねに神の子は、自分自身を自分の原因にしようとして、父の子であることを自分に許そうとはしません。

 For this impossible desire, he does not believe that he is Love's Effect, and must be cause because of what he is.
 こんな不可能な願望のために、彼は自分が大いなる愛の偉大なる結果であり、彼の本質のゆえに彼が原因であるに違いないということを信じてはいません。

 The cause of healing is the only Cause of everything.
 癒しの原因は、すべてのものの唯一の大いなる原因です。

 It has but one effect.
 大いなる原因にはひとつの結果しかありません。

 And in that recognition, causelessness is given no effects and none is seen.
 そして、このことを認識することによって、原因とはならないものには何の結果も与えられず、何の結果も見られることはなくなります。

 A mind within a body and a world of other bodies, each with separate minds, are your "creations", you the "other" mind, creating with effects unlike yourself.
 身体の中にある心とか、それぞれに個別の心を持つ他の身体たちが存在する世界は、あなたの「創造物」であり、そこでは、あなたは自分自身には似ていない結果で創造された「別の」心になっています。

 And as their "father," you must be like them.
 そして、それらの「創造物」の「父」として、あなたはそれらに似たものにならざるをえないのです。


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4. Nothing at all has happened but that you have put yourself to sleep, and dreamed a dream in which you were an alien to yourself, and but a part of someone else's dream.
 あなたは自分自身を眠らせて、自分が自分自身とはかけ離れた異質な者になっていて、自分がほかの誰かの夢の一部でしかないという夢を夢見ていただけのことで、実のところまったく何も起こってなどいなかったのです。

 The miracle does not awaken you, but merely shows you who the dreamer is.
 奇跡はあなたの目を覚まさせるのではありません。そうではなくて、単にあなたに夢を見ているのが誰なのかを示すだけです。

 It teaches you there is a choice of dreams while you are still asleep, depending on the purpose of your dreaming.
 奇跡はあなたに、あなたが何を目的に夢を見るかによって、あなたがまだ眠っているとしても、その間にあなたが見る夢を選択できることを教えてくれます。

 Do you wish for dreams of healing, or for dreams of death?
 あなたが願うのは癒しの夢でしょうか、それとも、死の夢でしょうか。

 A dream is like a memory in that it pictures what you wanted shown to you.
 あなたが見せてほしいと思うことを描き出すという点で、夢は記憶に似ています。




5. An empty storehouse, with an open door, holds all your shreds of memories and dreams.
 扉が開け放たれている空っぽの貯蔵庫に、あなたの記憶や夢の切れ端のすべてが収められています。

 Yet if you are the dreamer, you perceive this much at least: that you have caused the dream, and can accept another dream as well.
 しかし、もしあなたが夢を見ている張本人であるなら、少なくとも次のことくらいは十分知覚できるはずです。すなわち、あなたがその夢を引き起こしたのだから、あなたには別の夢も同じように受け入れることができるということです。

 But for this change in content of the dream, it must be realized that it is you who dreamed the dreaming that you do not like.
 しかし、このようにして夢の内容を変えるには、あなたの好きではない夢を夢見ていたのは、ほかならぬあなただったのだということを理解する必要があります。

 It is but an effect that you have caused, and you would not be cause of this effect.
 そのあなたの気に入らない夢は、あなたが引き起こしたひとつの結果にすぎないのですが、あなたはこの夢という結果の原因になりたいとは思っていませんでした。

 In dreams of murder and attack are you the victim in a dying body slain.
 殺人や攻撃の夢の中では、あなたは殺害されて死にゆく身体の中にいる犠牲者です。

 But in forgiving dreams is no one asked to be the victim and the sufferer.
 しかし、赦しの夢の中では、誰ひとりとして犠牲者や被害者になるようにと求められることはありません。

 These are the happy dreams the miracle exchanges for your own.
 これらの夢こそが、奇跡があなたの夢と交換してくれる幸せな夢です。

 It does not ask you make another; only that you see you made the one you would exchange for this.
 奇跡は、あなたにもうひとつ別の夢を作るようにと頼んでいるわけではありません。ただこの幸せな夢とあなたが交換したいと思うような夢を作り出したのはあなたなのだと理解するように求めているだけなのです。

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6. This world is causeless, as is every dream that anyone has dreamed within the world.
 この世界の中で誰かが夢見たどんな夢にもまったく何の原因もないのと同様に、この世界にも原因はありません。

 No plans are possible, and no design exists that could be found and understood.
 どんな予定も立てるのは不可能だし、成り行きの見当をつけたり理解できるような計画は存在しません。

 What else could be expected from a thing that has no cause?
 何の原因もないものから、ほかに何が予測できるというのでしょうか。

 Yet if it has no cause, it has no purpose.
 しかし、もしこの世界に何の原因もないとすれば、世界には何の目的もないことになります。

 You may cause a dream, but never will you give it real effects.
 あなたがある夢を引き起こすことはあるかもしれませんが、あなたは決してその夢に本当の結果を与えることはできません。

 For that would change its cause, and it is this you cannot do.
 というのは、それはその原因を変えることであり、これこそあなたにはできないことだからです。

 The dreamer of a dream is not awake, but does not know he sleeps.
 夢を夢見ている人は目覚めてはいませんが、自分が眠っていることもわかっていません。

 He sees illusions of himself as sick or well, depressed or happy, but without a stable cause with guaranteed effects.
 彼には、自分自身が病気であったり健康であったり、または、憂鬱であったり幸福であったりする幻想が見えていますが、その幻想には結果が保証されている安定した原因などないのです。




7. The miracle establishes you dream a dream, and that its content is not true.
 奇跡は、あなたが夢を夢見ているのであり、その夢の内容は真実ではないと立証します。

 This is a crucial step in dealing with illusions.
 これは幻想に対処するうえで、決定的に重要な一歩です。

 No one is afraid of them when he perceives he made them up.
 自分が幻想をでっちあげたのだとわかれば、誰も幻想に恐れを抱くことなどありません。

 The fear was held in place because he did not see that he was author of the dream, and not a figure in the dream.
 恐れが幅を利かせていたのは、彼がその夢の中の単なる一登場人物ではなく自分こそが夢の作者だとわかっていなかったからです。

 He gives himself the consequences that he dreams he gave his brother.
 自分が作者だと気づいていない夢見る者は、自分が兄弟になしたと夢見ていることが導く帰結を自分自身に与えることになります。

 And it is but this the dream has put together and has offered him, to show him that his wishes have been done.
 そして、その夢が、彼の願いが叶えられたことを彼に示そうとして寄せ集めて彼に差し出しているものは、彼が兄弟にしたと夢見たものでしかないのです。

 Thus does he fear his own attack, but sees it at another's hands.
 このようにして、彼は実は自分の攻撃を恐れているのですが、彼には、その攻撃が他者の手によってなされているものに見えています。

 As victim, he is suffering from its effects, but not their cause.
 犠牲者として、彼は攻撃という結果のせいで苦しんでいますが、その原因によって苦しんでいるわけではありません。

 He authored not his own attack, and he is innocent of what he caused.
 彼は自分自身の攻撃を作ってはいないので、彼は自分の引き起こしたことについてはないというわけです。

 The miracle does nothing but to show him that he has done nothing.
 奇跡は、彼は何もしてはいないということを彼に示すだけです。

 What he fears is cause without the consequences that would make it cause.
 彼が恐れているのは、原因を原因たらしめる結果を伴わないような原因のことなのです。

 And so it never was.
 したがって、結果の無い原因など決して存在したことはないのです。

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8. The separation started with the dream the Father was deprived of His Effects, and powerless to keep them since He was no longer their Creator.
 分離は、父が自らの結果であるものを奪われ、もはや自らの結果であるものの創造主ではなくなってしまったがゆえに、自らの結果であるものを引き留めておく力を失ってしまったという夢から始まりました。

 In the dream, the dreamer made himself.
 その夢の中で、夢見る者が自分自身を作ったのです。

 But what he made has turned against him, taking on the role of its creator, as the dreamer had.
 しかし、夢見る者がそうしたように、彼の作り出したものも彼に反旗を翻して、夢の作り主としての役割を奪い取ったわけです。

 And as he hated his Creator, so the figures in the dream have hated him.
 そして、彼が自分の創造主を憎んだのと同じように、その夢の中の登場人物たちも彼に憎しみを抱いたのです。

 His body is their slave, which they abuse because the motives he has given it have they adopted as their own.
 彼が身体に与えた動機を登場人物たちも自らの動機としたので、彼の身体は、登場人物たちから虐げられる奴隷となります。

 And hate it for the vengeance it would offer them.
 そして、彼の身体が自分たちに報復しようとしていると言って、夢の登場人物たちは彼の身体を憎むのです。

 It is their vengeance on the body which appears to prove the dreamer could not be the maker of the dream.
 夢の中の登場人物たちからの彼の身体に対する報復こそ、その夢見る者がその夢の作り主であるはずがないことの何よりの証しになるように見えます。

 Effect and cause are first split off, and then reversed, so that effect becomes a cause; the cause, effect.
 結果と原因がまず分裂し、その後、その原因と結果が逆転させられ、かくして、結果が原因となり、原因が結果となります。




9. This is the separation's final step, with which salvation, which proceeds to go the other way, begins.
 これが分離の最終段階であり、ここにおいて、分離とは逆の方向に進む救済が始まります。

 This final step is an effect of what has gone before, appearing as a cause.
 この最終段階は、それに先行するものの結果なのに、それが原因のように見えます。

 The miracle is the first step in giving back to cause the function of causation, not effect.
 奇跡は原因に対して、結果ではなく、原因として作用する機能を回復させる最初の一歩です。

 For this confusion has produced the dream, and while it lasts will wakening be feared.
 というのも、こんな混乱が夢を生み出してしまい、その夢が続く間は目を覚ますことが恐ろしいことになってしまうからです。

 Nor will the call to wakening be heard, because it seems to be the call to fear.
 それに、目を覚ますようにとの呼びかけが耳を傾けられることもないでしょう。なぜなら、それは恐怖への呼びかけのように思えるからです。

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10. Like every lesson that the Holy Spirit requests you learn, the miracle is clear.
 聖霊があなたに学ぶようにと求めている一つひとつのレッスンと同じように、奇跡は明快なものです。

 It demonstrates what He would have you learn, and shows you its effects are what you want.
 奇跡は、聖霊があなたに学ばせようとしていることを実証し、奇跡がもたらす結果があなたの望むものだということをあなたに見せてくれます。

 In His forgiving dreams are the effects of yours undone, and hated enemies perceived as friends with merciful intent.
 聖霊の赦しの夢の中では、あなたの夢の結果は取り消され、憎んでいたは慈悲に溢れる意図を持った友として知覚されます。

 Their enmity is seen as causeless now, because they did not make it.
 彼らの意は今では原因のないものとわかります。なぜなら、元々彼らがそれを作ったわけではなかったからです。

 And you can accept the role of maker of their hate, because you see that it has no effects.
 そして、あなたは自分が彼らの憎しみを作り出す役割を担っていたのだと認めることができます。なぜなら、あなたには彼らの憎しみには何の結果も生じていないことがわかるからです。

 Now are you freed from this much of the dream; the world is neutral, and the bodies that still seem to move about as separate things need not be feared.
 今やあなたは次のことだけは夢から解放されています。それは、この世界は中立の場であるということ、そして、別々の物体として動き回っているように見える身体を恐れる必要はないということです。

 And so they are not sick.
 したがって、身体は病気ではないのです。




11. The miracle returns the cause of fear to you who made it.
 奇跡は、恐れの作り主であるあなたに、恐れの原因を戻してくれます。

 But it also shows that, having no effects, it is not cause, because the function of causation is to have effects.
 しかし、奇跡は、結果がないがゆえに、その恐れの原因は原因にならないということを示してくれます。なぜなら、因果関係の機能は結果をもたらすことだからです。

 And where effects are gone, there is no cause.
 そして、結果がなくなったところには、原因はないことになります。

 Thus is the body healed by miracles because they show the mind made sickness, and employed the body to be victim, or effect, of what it made.
 こうして、身体は奇跡によって癒されます。なぜなら、奇跡は、心が病気を作り出し、身体をその心が作ったものの犠牲を被る結果となるべく用いていたのだということを示すからです。

 Yet half the lesson will not teach the whole.
 しかし、レッスンの半分だけでは、全体を教えたことになりません。

 The miracle is useless if you learn but that the body can be healed, for this is not the lesson it was sent to teach.
 もしあなたが単に身体が癒されうるということだけを学ぶならば、奇跡は役に立ちません。というのは、そんなことを教えるために奇跡が送られたのではないからです。

 The lesson is the mind was sick that thought the body could be sick; projecting out its guilt caused nothing, and had no effects.
 奇跡が教えようとしているのは、身体が病気になりうると思い込んでいた心そのものが病んでいたということ、そして、その心が悪感を投影したことによっては何も引き起こされてはおらず、何の結果ももたらされてはいないということです。

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12. This world is full of miracles.
 この世界は、奇跡に満ち溢れています。

 They stand in shining silence next to every dream of pain and suffering, of sin and guilt.
 奇跡は、苦痛と苦しみの夢やと罪悪感の夢の一つひとつの隣りで、静かに輝いています。

 They are the dream's alternative, the choice to be the dreamer, rather than deny the active role in making up the dream.
 奇跡とは、そんな夢に代わるもうひとつの選択肢です。奇跡は、夢を作り出すうえで自分が積極的な役割を果たしていることを否認するのではなく、夢見る者であることを選ぶことです。

 They are the glad effects of taking back the consequence of sickness to its cause.
 奇跡は、病気という結果をその原因に戻すことに伴って生じる喜ばしい結果です。

 The body is released because the mind acknowledges "this is not done to me, but I am doing this."
 心が「これは私に対してなされたのではなく、私がこれをしているのだ」と承認するので、身体は解放されます。

 And thus the mind is free to make another choice instead.
 こうして、心は代わりに別の選択をすることが自由にできるようになります。

 Beginning here, salvation will proceed to change the course of every step in the descent to separation, until all the steps have been retraced, the ladder gone, and all the dreaming of the world undone.
 ここから始まって、救済は、分離に向かって下降してきたすべての足取りの向きを逆に変えて進み、ついには、すべての足取りを引き返し、その階段は消え去り、世界という夢のすべては取り消されるのです。

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