レッスン76「私は、ただ神の法の下にある」

レッスン71〜80 0

Miracles do not, in fact, break the laws of nature.
実のところ、奇跡は少しも自然の法則を破るわけではない。

C. S. Lewis
C・S・ルイス




レッスン76です。

今日のテーマは「私は、ただ神の法の下にある」です。



私たちは、小難しい法律や法典は嫌いでも、引き寄せの法則をはじめとする魔術的な「法則」は大好きです。

この世界で、私たちが救われようとして信奉する「法則」は、身体を保護することに役立ちそうな法則です。

このような法則によって、私たちは、雁字搦めになり、救済がありもしない場所で、それを探す羽目になります。

このレッスンでは、身体の苦しみは、心が自分で自分自身を殺そうと攻撃して自分自身の敵になっていることを覆い隠すものであり、自分を身体だと信じこませて、身体を救済するための法則を神の法に取って代わらせようとする魔術だといいます。


T7-2 神の法レッスン344「今日、私は愛の法を学ぶ。それは、私が自分の兄弟に与えるものは自分に対する私からの贈り物だということだ」を参考にしてください。

「自分の拡張するものが自分にとっての現実となる」というのが神の法です。本来の光の拡張が罪悪感と恐怖の暗雲で遮られ、暗雲をスクリーンとしてエゴのスライドを介して、誤創造として起こる投影によって作り出されたこの世界では、神の法は「自分の投影するものを自分は信じる」というエゴの法則に変容します。

この世界では、栄養の法則、免疫の法則、薬物の法則といった身体を保護するための法則や友好関係の法則や相互依存の法則といった数えきれないほどの「法則」が生まれて、幅を利かせています。

神の法は、神の子である光が光源である神を拡張して現実を創造する自由を持つことを確認する自由の法です。

これに対して、この世界の法則は、光を暗雲で囲んで、光の放射にエゴのスライドを被せて暗雲のスクリーンに投影させることで、光を翳らせるという仕組みによって、本来自由であるはずの神の子である私たちを魔術で縛り付けて闇の中に幽閉するものです。

この世界の法則が作用する幻想世界では、天国に実在する愛、生命、真理、光、平安といった属性が、その反映に際して、それらの実在の不在に名前を付けただけの恐れ、死、虚偽、闇、葛藤という概念が、実在の一部を不在にさせる調合具合によって、影に陰影をつけたり色をつけたり、形をなさせたりさせて、あたかも、その投影像がそこにあるかのように見えかけることによって、実在の対極として「存在」するようになります。

つまり、幻の世界ですから、ありえないことでもいくらでも観念上は想定できるので、ある偽りの観念を基礎づける偽りの根拠を捏造し、さらにその根拠の実在性を裏書きする土台をでっちあげ、といった具合に、複数のレイヤーで複雑に証拠固めすることが容易にできてしまいます。

そのため、一例だけではなく再現可能な事象として厳しい反証に耐えた「科学的な根拠」に基づく事実として、恐怖や死や虚偽や争い等の実在の不在が、この世界では、本物であるはずの愛や生命や真理や平安よりも確固たる実在性を持つように見えて力を持つことになります。

実在する愛や生命や真理、光、平安という属性には、本来的に、拡張、共有、自由、解放という作用がありますが、実在の不在である恐れや死や虚構、闇、争いという属性は、その裏返しで、限定、独占、強制、幽閉という作用を持ちます。

魔術的な思考とは、実在しないものが何らかの力を持つと信じて偶像化し、その力にすがろうと期待する考えのことを言います。

物理法則をはじめとする自然法則は、人為的ではない自然界が押し付けてくるものですが、人為的に強いられる社会規範が命令・禁止規範であるのと同じように、私たちの行動の自由を制約し、幽閉する作用を持つ点で、この世界の法則は、自然法則であれ社会法則であれ、魔術といえるかもしれません。

世界の法則に基づく魔術は幽閉し、神の法に基づく奇跡は解放します。

イェシュアがさまざまな「奇跡」を起こすことができたのは、真の自分を思い出すことによって、幻想世界の法則の縛りを外れて自由になっていたからです。

マトリックスでネオがモーフィアスから世界の幻想性を知らされても、ジャンププログラムで墜落してしまったように、単に世界の幻想性を認識するだけで世界の法則から解放されるわけではありません。

マリオをプレイしている類次郎が自分がゲーム世界にいるマリオではなくゲームをプレイしている人間の類次郎だと気づいたからといって、マリオが無敵モードになってマリオワールドの設定ルールを無視できるようになるわけではありません。

誰かの運営しているホームページやブログなどのウェブサイトの読者は、コメント欄に書き込みはできても、記事本文を書き換えることはできません。

イェシュアは、神の子である自覚を得て、それまでのアカウントであったナザレのイエスというアバターで世界に参入している状態から、いったんログアウトして、世界の外に出て天国という現実に帰ってから、管理者権限で入り直したので、神の法以外のこの世界の法則から自由になったわけです。









Workbook Lesson 76



I am under no laws but God's.
私は、ただ神の法の下にある。







I am under no laws but God's.
私は、ただ神の法の下にある。



1. We have observed before how many senseless things have seemed to you to be salvation.
 私たちはこれまで、どんなに数多くの無意味な物事があなたにはまるで救済であるかのように思えてきたか考察してきました。

 Each has imprisoned you with laws as senseless as itself.
 一見救済であるかのように思える物事の一つひとつが、それ自体と同様に無意味な法則であなたを幽閉してきました。

 You are not bound by them.
 本当は、あなたはそれらの法則に縛られてなどいません。

 Yet to understand that this is so, you must first realize salvation lies not there.
 しかし、自分は実は無意味な法則に束縛されていないと理解するためには、あなたはまず、無意味な物事の中に救済は存在しないと気づかなければなりません。

 While you would seek for it in things that have no meaning, you bind yourself to laws that make no sense.
 あなたが何の意味もない物事の中に救済を探そうとしているかぎり、あなたは意味をなさない法則に自分自身を縛りつけることになります。

 Thus do you seek to prove salvation is where it is not.
 このようにして、あなたは救済が存在しない場所に救済があると証明しようとしているのです。



2. Today we will be glad you cannot prove it.
 今日、私たちは、あなたがそれを証明きないことを喜びます。

 For if you could, you would forever seek salvation where it is not, and never find it.
 というのも、もしあなたにそんなことが証明ができたとしたら、あなたは永遠に救済が存在しない場所で救済を探そうとすることになり、決して救済を見出せなくなってしまうからです。

 The idea for today tells you once again how simple is salvation.
 今日の考えは、あなたにもう一度、救済がいかに単純なものか教えてくれます。

 Look for it where it waits for you, and there it will be found.
 救済があなたを待ち受けている場所で救済を探してください。そうすれば、そこで救済が見つかるでしょう。

 Look nowhere else, for it is nowhere else.
 ほかの場所に目を向けてはなりません。というのも、救済はほかの場所にはないからです。



3. Think of the freedom in the recognition that you are not bound by all the strange and twisted laws you have set up to save you.
 自分で自分を救おうとしてあなたが作りあげてきた異常で捻じ曲がった法則にまったく自分が束縛されていないと認識することでもたらされる解放がいかなるものか考えてみてください。

 You really think that you would starve unless you have stacks of green paper strips and piles of metal discs.
 あなたは、緑色の紙切れの束や金属の小さな円盤の山を持っていないと、自分は飢えてしまうはずだと本気で思っています。

 You really think a small round pellet or some fluid pushed into your veins through a sharpened needle will ward off disease and death.
 あなたは、小さな丸い玉や自分の血管に鋭い針で注入する液体が病気や死を回避させてくれると本気で思っています。

 You really think you are alone unless another body is with you.
 あなたは、ほかの身体が自分の傍にいないと自分は孤独だと本気で思っています。



4. It is insanity that thinks these things.
 こんなふうに思うなんて狂気の沙汰だというのに。

 You call them laws, and put them under different names in a long catalogue of rituals that have no use and serve no purpose.
 あなたはこのようなことを法則と呼んで、何の使いみちもなく、何の役にも立たない儀式の長ったらしい目録の中にさまざまな名前をつけては押しこんでいます。

 You think you must obey the "laws" of medicine, of economics and of health.
 あなたは、自分は医学的な、経済的な、そして、健康の「法則」に従わなければならないと考えています。

 Protect the body, and you will be saved.
 身体を保護すれば、自分は救われるはずだと。



5. These are not laws, but madness.
 このようなことは法則などではなく、狂気の沙汰です。

 The body is endangered by the mind that hurts itself.
 身体が危機にさらされるのは、自分自身を傷つけようとする心によってです。

 The body suffers just in order that the mind will fail to see it is the victim of itself.
 身体が苦しむのは、ただ心が心自体の犠牲になっていることを心に気づかせないためにほかなりません。

 The body's suffering is a mask the mind holds up to hide what really suffers.
 身体の苦しみは、真に苦しんでいるものが何なのかを隠すために心が被る仮面なのです。

 It would not understand it is its own enemy; that it attacks itself and wants to die.
 心は、自分が自分自身の敵になっていて、心が心自身を攻撃して殺そうとしていることを理解しようとしません。

 It is from this your "laws" would save the body.
 あなたの「法則」が身体を救い出そうとしているのは、このような心による自分自身への攻撃からなのです。

 It is for this you think you are a body.
 こんな理由で、あなたは自分は身体だと思っているのです。



6. There are no laws except the laws of God.
 神の法以外には、いかなる法則もありません。

 This needs repeating, over and over, until you realize it applies to everything that you have made in opposition to God's Will.
 神の法以外に法則がないということは、あなたが神の大いなる意志に逆らって作り出したすべてのものにそれがあてはまると気づくまでは、何度も徹底して繰り返さなければなりません。

 Your magic has no meaning.
 あなたの魔術は何の意味も持ちません。

 What it is meant to save does not exist.
 あなたが魔術で救おうとしている身体は存在しないからです。

 Only what it is meant to hide will save you.
 ただ魔術が隠そうとしているあなたの心だけが、あなたを救うでしょう。



7. The laws of God can never be replaced.
 神の法を別の法則で置き替えることは絶対にできません。

 We will devote today to rejoicing that this is so.
 私たちで、これがその通りであることを喜ぶために一日を捧げましょう。

 It is no longer a truth that we would hide.
 もはや私たちは、神の法が代替不能であるという真理を隠すつもりはありません。

 We realize instead it is a truth that keeps us free forever.
 というのも、私たちは、神の法は自分たちを永遠に自由に保ってくれる真理なのだと気づいたからです。

 Magic imprisons, but the laws of God make free.
 魔術は幽閉しますが、神の法は解放します。

 The light has come because there are no laws but His.
 光が訪れたのは、神の法以外にはいかなる法則もないからです。



8. We will begin the longer practice periods today with a short review of the different kinds of "laws" we have believed we must obey.
 今日は、長いほうの実習時間を、自分が従わねばならないと信じこんできたいろんな種類の「法則」をざっと振り返ることから始めます。

 These would include, for example, the "laws" of nutrition, of immunization, of medication, and of the body's protection in innumerable ways.
 これらの法則には、たとえば、栄養の法則、免疫の法則、薬物の法則、その他、身体を保護するための数えきれないほどの「法則」が含まれるでしょう。

 Think further; you believe in the "laws" of friendship, of "good" relationships and reciprocity.
 さらに考えてみれば、あなたは友好関係の「法則」や「よい」関係や相互依存の「法則」も信じています。

 Perhaps you even think that there are laws which set forth what is God's and what is yours.
 もしかしたら、あなたは、何が神のもので何があなたのものかを定める法則があるとすら考えているかもしれません。

 Many "religions" have been based on this.
 多くの「宗教」がこのことを土台にしてきました。

 They would not save but damn in Heaven's name.
 多くの宗教はつねに、救うどころか、天国の名で信者を地獄に突き落としています。

 Yet they are no more strange than other "laws" you hold must be obeyed to make you safe.
 しかし、そんな宗教を信じることが奇妙だとしても、あなたが自分を安全にするために「法則」に従わなければならないと思いこんでいることが奇妙であることと大差ありません。



9. There are no laws but God's.
 神の法以外の法則など存在しません。

 Dismiss all foolish magical beliefs today, and hold your mind in silent readiness to hear the Voice that speaks the truth to you.
 今日は、すべての愚かな魔術的な信念を去らせて、あなたに真理を語る大いなる声に耳を傾けるために、静かに心を整えてください。

 You will be listening to One Who says there is no loss under the laws of God.
 あなたは、神の法の下にはいかなる損失もないと語る一なる存在に耳を澄ますことになります。

 Payment is neither given nor received.
 いかなる犠牲を払うことも、いかなる報いを受け取ることもありません。

 Exchange cannot be made; there are no substitutes; and nothing is replaced by something else.
 何かを交換するということはありえません。いかなる代用もなく、何かが別のものによって置き換えられるようなことは一切ないからです。

 God's laws forever give and never take.
 神の法は、永遠に与え続け、決して奪い取ることはありません。



10. Hear Him Who tells you this, and realize how foolish are the "laws" you thought upheld the world you thought you saw.
 このことをあなたに教えてくれる聖霊に耳を貸してください。そして、あなたが自分に見えていると思っていた世界を維持する「法則」のように思えたものがどれほど馬鹿げたものなのか気づいてください。

 Then listen further.
 それから、さらに耳を澄ましてください。

 He will tell you more.
 聖霊はあなたにもっと多くのことを教えてくれるでしょう。

 About the Love your Father has for you.
 あなたの父があなたに抱く大いなる愛について。

 About the endless joy He offers you.
 父なる神があなたに差し延べてくれる無限の喜びについて。

 About His yearning for His only Son, created as His channel for creation; denied to Him by his belief in hell.
 神の創造の経路として創造されながら、地獄を信じて神を拒絶してしまった自らのひとり子に対して神が抱く深い思慕について。



11. Let us today open God's channels to Him, and let His Will extend through us to Him.
 今日私たちで、神に通じる経路を神に向けて開き、神の大いなる意志が私たちを通して神へと拡張するようにしましょう。

 Thus is creation endlessly increased.
 こうして、創造は果てしなく増大してゆきます。

 His Voice will speak of this to us, as well as of the joys of Heaven which His laws keep limitless forever.
 神の大いなる声は、私たちにこのことを語り、神の法が永遠に無限性を保つ天国の喜びについても語ってくれるでしょう。

 We will repeat today's idea until we have listened and understood there are no laws but God's.
 私たちは、今日の考えを、自分が神の法以外の法則などないことを聞き入れて理解するまで繰り返します。

 Then we will tell ourselves, as a dedication with which the practice period concludes:
 それから、実習時間を締めくくる際に捧げる言葉として次のように自分に言い聞かせます。


I am under no laws but God's.
私はただ神の法だけの下にある。



12. We will repeat this dedication as often as possible today; at least four or five times an hour, as well as in response to any temptation to experience ourselves as subject to other laws throughout the day.
 今日は、この献身の言葉をできるだけ頻繁に繰り返します。少なくとも1時間に4、5回は繰り返し、1日を通して、自分がほかの法則に従ってしまいそうな誘惑に駆られたときの対処としてもこれを繰り返すようにしてください。

 It is our statement of freedom from all danger and all tyranny.
 これは、すべての危険とすべての専制からの私たちの解放宣言です。

 It is our acknowledgment that God is our Father, and that His Son is saved.
 これは、神が私たちの父であり、神の子が救われていることを私たちが承認することなのです。


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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。



次

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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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