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レッスン19「私の思考の結果を体験するのは、私だけではない」

レッスン19です。

今日のテーマは「私の思考の結果を体験するのは、私だけではない」です。




このブログを読んでくださっているみなさんのうち、ワークブックを実践されている方は、どれくらいいらっしゃるでしょうか?

ブログ記事の中でも、読み物としては、ワークブックのレッスンは一見、面白みに欠けるのはたしかだと思います(もっとも、それは、レッスンを実際にやってみていないからで、実践してみると自分の心が変わる感覚を日々味わうことが楽しくなってくるはずです)。

ですが、心の使い方をマスターする上でいちばん威力を発揮するのは、ワークであることは確実です。

よく自己啓発書が大好きで、何百冊と読み漁って、知識量だけは並はずれた域に達している方がいらっしゃいます。

その人に相談すれば、読書で仕入れた知識に基づくいろんなアドバイスをもらえることでしょう。

しかし、当のその人自身、受売りの知識を披歴するのは得意でも、どう見ても、その知識を実生活で生かすことができていないとしか思えないということも多いかもしれません。

それは、「道を知ることと、実際に道を歩むことは違う」というモーフィアスの言葉の通りです。

今の時代、知識や情報だけであれば、グーグルやヤフーで検索すれば、簡単に入手できます。

辞書のような博覧強記ぶりが自慢できたのは、過去の時代の話です。

とはいえ、それでも、専門家の価値は無くなりません。それどころか、だれでもが簡単に知識を得られるだけに生齧りで大やけどをしてしまうことがそれだけ多いために、従来に増して専門家の存在意義はあるということができます。

たとえば、医学知識は、ネット上でかなり専門的なことでも入手できたりもしますが、素人が情報だけ入手できても、それを専門の医師と同レベルで活用することはできないでしょう。

この違いは、単なる知識・情報の貯蔵量の差ではなく、実際に道を歩むことによって、知識・情報の活用・実践によって身についている心の中で体系化された諸々のスキームやフレームワーク等の使い方の熟練度の相違が著しいからです。

アシュターヴァクラ・ギーターの「すべてを忘れなさい」の通り、すべてを忘れるために学ぶことが真理探究の究極的な目標(コースで言えば、正しい知覚へと修正してキリストのヴィジョンを得ること)だとすれば、大量の知識を仕入れることは、心を自由に操作するためのメモリーやハードディスクの空き容量をどんどん減らして、心の働きの自由度を邪魔してしまうガラクタをどんどん集積することにしかならないということになります。

これはたとえ奇跡のコースに書かれている言葉であっても、同じことです。

覚えるために覚えた知識は、同じ文字のようには見えても、画像ファイルの中の一部のようなもので、テキストファイルのように自由に働くことができません。

また、どこのフォルダに保存したか忘れてしまって、検索手段もないようなファイルは、いかにすばらしい中身を持っていても、ハードディスクを埋まらせるゴミにしかならないように、せっかくの奇跡のコースの言葉も、機能できる形で心に取りこまなければ、役立たないどころか、心の働きを邪魔するだけのゴミに成り下がってしまいかねません。

空海求聞持聡明法という修行によって、虚空蔵(アカシック・レコードに相応すると言われることがあります)にアクセスできる能力を得て、天才的な能力を発揮できたといいます(マトリックスで、ネオやトリニティたちがカンフーやヘリコプターの操縦スキルをインストールできたようなものです)。

求聞持法というのは、真言を百万遍も誦するという修行だそうです。常人には到底できない修行です。

しかし、密教の修法、行法というものは、心の操縦に特化した極めて実践的なものですが、知識を大量に詰めこむ修行ではないということが何かを暗示しています。


これに比べて、私たちは、学校で算数や国語や英語を教えてもらうことはしますが、心の使い方は教えてもらえません。

みんな我流で身につけるしかありません。

運の良い人は、親から上手な心の操縦法を学ぶことができます。

でも、大多数の場合、親のほうこそ、操縦法がわからずに右往左往しているというのが実情で、我流で身につけてしまった良くない癖を子供に教えこんでしまうことのほうが多いといえます。

心の操縦法を教えられないまま、算数や英語を教えられるのは、自動車学校で車の運転方法を学ぶことなく、いきなり車を運転させられて、目的地への道順や交通ルールばかり覚えこむように命じられるようなものです。

私たちが運転することになる車(エゴ・身体)はオートマばかりじゃなく、マニュアル操作を必要とするものもあるでしょう。

中には、本当はF-1マシンのような高性能な車であるにもかかわらず、だれも操縦の仕方を教えてくれないせいで、トラブルばかり起こしてしまい、本来持って生まれた力を発揮しないままくすぶっているという人も多いでしょう。

車のたとえについては、スーフィーのたとえでグルジェフがよく引用する人間を馬車(馬、馬車、御者、主人)に準えることのほうがより分析的ですが、馬車のたとえはまたの機会にご紹介したいと思います。

以上、何を言いたいかというと、車の運転もマスターしていないのに、さらに、真の目的地も知らされないまま、無限に存在するように見える目的地までの道のりを覚えこまされて、あてずっぽうで、ほかの車とぶつかったり、電信柱に衝突したりしながら、あさっての方向に向かって一生懸命走らされているのが私たちだということです。

奇跡のコースのテキストは、この真の目的地を教えてくれます。


これに対して、ワークブックは、目的地に向かいながら、この車の運転の仕方も教えてくれます。

もっとも、それは、すべてを忘れるための実習であって、何かを覚えることではありません。

さあ、世界から刷りこまれたガラクタを捨てるために、実践あるのみです!




Workbook Lesson 19

I am not alone in experiencing the effects of my thoughts.
私の思うことの結果を体験するのは、私だけではない。







I am not alone in experiencing the effects of my thoughts.
私の思うことの結果を体験するのは、私だけではない。


1. The idea for today is obviously the reason why your seeing does not affect you alone.
 今日の考えは、あなたが見ることの影響があなただけ留まらないことの明らかな理由です。

 You will notice that at times the ideas related to thinking precede those related to perceiving, while at other times the order is reversed.
 あなたは、ときには、考えることと関連した想念が、知覚することに関連した想念よりも先行することもあれば、別のときには、この順序が逆になることもあることに気づくでしょう。

 The reason is that the order does not matter.
 その理由は、この順序には何の重要性もないからです。

 Thinking and its results are really simultaneous, for cause and effect are never separate.
 考えることとその結果は、本当は、同時に起こっているのです。というのも、原因と結果は決して分離したものではないからです。




2. Today we are again emphasizing the fact that minds are joined.
 今日は、私たちはまた、個々の心は結びついているという事実を強調することになります。

 This is rarely a wholly welcome idea at first, since it seems to carry with it an enormous sense of responsibility, and may even be regarded as an "invasion of privacy."
 個々の心が結びついているという考えが、最初から全面的に喜んで受け入れられることは滅多にありません。というのも、この考えは、途方もない責任感を一緒に引き連れてくるように思えるし、また、「プライバシーの侵害」であるとみなされることすらありうるからです。

 Yet it is a fact that there are no private thoughts.
 しかし、個人的に内密にできる思いなど何もないというのが真実です。

 Despite your initial resistance to this idea, you will yet understand that it must be true if salvation is possible at all.
 この考え方に対するあなたの初めのころの抵抗にもかかわらず、あなたはそれでも、もしいやしくも救いというものがありうるとするなら、このことは本当に違いないと理解するようになるはずです。

 And salvation must be possible because it is the Will of God.
 そして、救済は、神の大いなる意志であるがゆえに、ありうることに違いないのです。



3. The minute or so of mind searching which today's exercises require is to be undertaken with eyes closed.
 今日の練習のために必要な心の検索のためには、1分程度の時間を取る必要がありますが、その際には、目を閉じて取り組むようにしてください。

 The idea for today is to be repeated first, and then the mind should be carefully searched for the thoughts it contains at that time.
 今日の考えを最初に数回繰り返し、それから、その時点で心の中に浮かんでいる思いを注意深く検索するようにしてください。

 As you consider each one, name it in terms of the central person or theme it contains, and holding it in your mind as you do so, say:
 あなたが一つひとつの思いに注目する際には、その思いに含まれる中心人物やテーマに関連づけてそれらの思いに名前をつけて、自分の心の中に留めておきながら、次のように言ってください。



I am not alone in experiencing the effects of this thought about ______ .
(   )に関するこの思いの結果を体験するのは、私だけではない。



4. The requirement of as much indiscriminateness as possible in selecting subjects for the practice periods should be quite familiar to you by now, and will no longer be repeated each day, although it will occasionally be included as a reminder.
 もう今では、実習のための対象を選別する際に、できうるかぎり手当たり次第に行うことが必要であることには、あなたも十分馴染んできたはずです。だからもう、これからは毎日繰り返しては言いませんが、時々は、思い出してもらうために言うこともあるでしょう。

 Do not forget, however, that random selection of subjects for all practice periods remains essential throughout.
 とはいえ、実習の全期間を通して、無作為に対象を選別することが依然として重要であることは忘れないようにしてください。

 Lack of order in this connection will ultimately make the recognition of lack of order in miracles meaningful to you.
 この実習に関して序列を設けないということが、究極的には、奇跡に序列がないということがあなたにとって意味を持つことに気づかせてくれることになります。



5. Apart from the "as needed" application of today's idea, at least three practice periods are required, shortening the length of time involved, if necessary.
 今日の考えを「必要に応じて」適用することを別にすると、もし必要であれば、実習時間の長さを短縮することを含めても、少なくとも、3回の実習時間を取ることが必要です。

 Do not attempt more than four.
 4回以上は実習を試みようとはしないでください。


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Comments 1

Kino

kenさんのお陰で、毎日やれてますよっ。
本当に有難うございます。
1日1分×3回と、ACIMはお優しいので嬉しいです。
でも、これを積み重ねると大きな実践力になる
気がして、ワクワクしてきます。
今後も、テキスト記事同様楽しみにしています。
引き続きどうぞ宜しくお願い致します!

2013-07-02 (Tue) 12:54 | EDIT | REPLY |   

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