T6-5A 持っていること=与えること

テキスト第6章(愛のレッスン) 0

今回はテキストから、持っているためには与えることだという一節をご紹介します。




聖霊のレッスンは、つぎの教えで始まります。

5.「To have, give all to all.
持っているために、みんなにすべてを与えなさい。」

欠乏マインドでいるかぎり、この教えには納得できないままです。

客観的にはすべてを持っているというのが事実だとしても、主観的にそのうちの砂粒のような一点だけしか自分は持っていないと信じているかぎり、すべてを持っていることは事実であっても自覚できないままです。

自分が持っているものについて自分が持っていないと信じる状態は、自分のものであることを返上して拒絶し受け入れない状態です。

必要なのは、獲得して持っている状態に達することではなく、すでに得ていることに気づくプロセスです。

与えることがこのプロセスとなります。

自分が持っていないものを与えることはできないので、与えることによって自分が持っていたことに気づくことになるからです。



「1. No one can give what he has not received.
 自分が受け取っていないものを与えることは、誰にもできません。

 To give a thing requires first you have it in your own possession.
 あるものを与えるには、まずあなたが、それを自分の所有物として持っていなければなりません。

 Here the laws of Heaven and the world agree.
 この点については、天国の法も地上の法則も同じです。

 But here they also separate.
 しかし、天の法と地の法則が分離するのもまた、この点においてです。

 The world believes that to possess a thing, it must be kept.
 この世界では、あるものを所有するには、そのものを持ち続けなければならないと信じられています。

 Salvation teaches otherwise.
 救済は、これは違うと教えます。

 To give is how to recognize you have received.
 すなわち、与えることは、自分がすでに受け取っていることに気づくための方法だということです。

 It is the proof that what you have is yours.
 与えることは、あなたが持っているものがあなたのものであると証明することなのです。」(レッスン159「私は、自分が受け取った奇跡を与える」

豊かさマインドと欠乏マインドに関連するので、レッスン105「神の平安と喜びは私のものだ」T1-6 欠乏感はどうしてなくならない?をご覧いただければと思います。


私たちの錯覚は、自分の占有状態を解消して他者の占有状態に移すことが、自分の所有状態まで解消することになると信じていることです。

アイデンティティーが正しく大いなる自己に据えられたなら、万物の所有は大いなる自己に帰属することになります。

けれど、私たちはアイデンティティー障害を抱えて、小さな自己である特定のアバターである自分という人間が自分だとしか思えません。

この自己認識では、自分が持っているあるものを他の人間に与えると、自分の手元からそのものはなくなるので、与えることは失うことだという解釈となり、この解釈によるかぎり、限られた自分の持ち合わせを失ってなるものかと、アイデンティティーは小さな自己に縮小したままになります。

これに対して、同じように人間が自分だという自己認識に立ったままでも、与えることは得ることだという解釈は、所有が帰属するのは全体であり、個に帰属するのは占有のみだという基盤に立たなければ成り立たないので、この解釈によって他者に自分の持ち合わせを与えることは、自分が所有することを自覚できる範囲を自分のアバター以外に拡大することになります。

与えることで自分がそれによって得られたのと同じ喜びを他者も自分と同じように享受することを知り、喜びを分かち合うことで、アイデンティティーが自分のエゴ・身体という枠に縛られずに拡大してゆくことになります。




さて、コースは、奇跡に難易度の序列はないと繰り返します。

4.「This is familiar enough to you by now, but it has not yet become believable.
 奇跡の難しさに程度がないことは、今ではもう、あなたも十分に聞き慣れているはずですが、まだ信じられるようにはなっていません。

 Therefore, you do not understand it and cannot use it.
 信じることができないので、あなたは奇跡に難しさの序列がないという概念を理解していないし、この概念を活用することもできていません。」

M8 簡単な奇跡と難しい奇跡ってあるの?奇跡ってなに?が参考になると思います。

奇跡は、すべては愛に結ばれたひとつであるという真理に気づく結果として起こる知覚の変化として、虚構である世界の法則を超えて現実を反映する物事が現れる現象です。

幻想には、純度100%の幻想から現実を20%織り交ぜた80%の幻想等、現実と幻想の混じり具合を変えたさまざまな取り合わせがあるわけではありません。

幻想であるかぎり、張りぼてだとすぐバレるようなお粗末なものであれ、高精細でリアリティーに溢れる迫力満点のものであれ、まがい物である点に相違はないし、ひとたび幻想だと見破られさえすれば、リアルなもののほうが手作り感満載のものよりも退けるのが難しいということはありません。


ただし、幼児が信じる絵本の怪獣よりもVRゲームに出てくるリアルな恐竜のほうが、本物だと騙したままにする力が強い、つまり、私たちが気づきにくい、見破りにくいというのは事実です。

したがって、大切なのは、どんなにリアルで現実としか思えないとしても、自分が幻惑されている可能性は大いにありうると認識すること、そして、もしそれが幻想だとしたら、それが現実だと思い込ませる舞台装置や作り込みがいかに壮大なものであったとしても、見破りさえすれば、見る者を束縛するうえで、幻想はまったく力を持たないと認識することです。

というのも、幻想は私たちを強制的にねじ伏せて従わせることはできず、ただ私たちが虚構の設定を現実だと誤信して、無でしかないはずの幻に自分たちを縛ったり制限したりする力を付与しているだけだからです。




テキスト 第六章 

V. The Lessons of the Holy Spirit
五 聖霊のレッスン 



A. To Have, Give All to All
A 持っているためには、全員にすべてを与えることだ



1. When your body and your ego and your dreams are gone, you will know that you will last forever.
 あなたの身体やエゴや夢が消え去ったときにこそ、あなたは自分が永遠に存続することを知るでしょう。

 Perhaps you think this is accomplished through death, but nothing is accomplished through death, because death is nothing.
 もしかするとあなたは、こうしたことは死を通して成し遂げられるものだと思っているかもしれません。しかし、死を通して成就されるものなど何もありません。なぜなら、死とは無だからです。

 Everything is accomplished through life, and life is of the mind and in the mind.
 あらゆることは生命を通して成し遂げられます。そして、生命は心に属するものであり、そして、心の中にあるものです。

 The body neither lives nor dies, because it cannot contain you who are life.
 身体には生命であるあなたを封じこめることなどできないので、身体は生きることも死ぬこともありません。

 If we share the same mind, you can overcome death because I did.
 もし私たちが同じ心を共有しているのなら、私が死を乗り越えたのだから、あなたも死を乗り越えられるはずです。

 Death is an attempt to resolve conflict by not deciding at all.
 死とは、何も決着をつけないことによって葛藤を解決しようと試みることです。

 Like any other impossible solution the ego attempts, it will not work.
 エゴが企てるほかの諸々の見込みのない解決策と同じように、死が葛藤を解決するために役立つことはないでしょう。



2. God did not make the body, because it is destructible, and therefore not of the Kingdom.
 神は身体を作りませんでした。なぜなら、身体は破壊しうるものであり、したがって、王国に属するものではないからです。

 The body is the symbol of what you think you are.
 身体は、あなたが自分だと思っているものの象徴です。

 It is clearly a separation device, and therefore does not exist.
 身体は、明らかに分離のための仕掛けです。したがって、身体は存在しません。

 The Holy Spirit, as always, takes what you have made and translates it into a learning device.
 いつものように、聖霊の手にかかれば、あなたが作り出したものも学びのための道具へと変換されます。

 Again as always, He reinterprets what the ego uses as an argument for separation into a demonstration against it.
 さらに、いつものように、聖霊は、エゴ分離が真実だと主張するために用いる論拠を、分離が真実ではないことを示す実証として解釈し直します。

 If the mind can heal the body, but the body cannot heal the mind, then the mind must be stronger than the body.
 もし心は身体を癒せるのに身体は心を癒せないとすれば、心は身体よりも強力であるに違いありません。

 Every miracle demonstrates this.
 すべての奇跡は、このことを実証します。

名称未設定

3. I have said that the Holy Spirit is the motivation for miracles.
 私はすでに、聖霊こそが奇跡を呼び起こす存在であると述べました。

 He always tells you that only the mind is real, because only the mind can be shared.
 聖霊はつねにあなたに、心だけが実在すると告げます。なぜなら、共有できるのはただ心だけだからです。

 The body is separate, and therefore cannot be part of you.
 身体は別々に分離しています。したがって、身体があなたの一部であるはずがありません。

 To be of one mind is meaningful, but to be one body is meaningless.
 ひとつの心に属することには意味があります。けれども、ひとつの身体になることは無意味です。

 By the laws of mind, then, the body is meaningless.
 よって、心の法則によれば、身体は無意味なのです。



4. To the Holy Spirit, there is no order of difficulty in miracles.
 聖霊にとっては、奇跡の難易度に序列はありません。

 This is familiar enough to you by now, but it has not yet become believable.
 奇跡の難しさに程度がないことは、今ではもう、あなたも十分に聞き慣れているはずですが、まだ信じられるようにはなっていません。

 Therefore, you do not understand it and cannot use it.
 まだ信じることができていないので、あなたは奇跡に難しさの序列がないことを理解していないし、この概念を活用することもできていません。

 We have too much to accomplish on behalf of the Kingdom to let this crucial concept slip away.
 私たちには、王国のために成し遂げるべきことがあまりにもたくさんあるので、このきわめて重要な概念を等閑視しておくわけにはいきません。

 It is a real foundation stone of the thought system I teach and want you to teach.
 この概念こそ、私が教え、あなたに教えてもらいたいと望んでいる思考システムの真の礎石だからです。

 You cannot perform miracles without believing it, because it is a belief in perfect equality.
 この概念を信じることなしには、あなたは奇跡を起こすことができません。なぜなら、これこそ完璧な平等性を信じることだからです。

 Only one equal gift can be offered to the equal Sons of God, and that is full appreciation.
 対等である神の子たちに捧げることができるのは、唯一の平等な贈り物だけです。その平等な贈り物とは完全に相手の真価を認めることです。

 Nothing more and nothing less.
 それ以上でもなければ、それ以下でもありません。

 Without a range, order of difficulty is meaningless, and there must be no range in what you offer to your brother.
 値の変動しうる範囲で区切る制限というものを観念しないかぎり、難しさに序列があると考えるのは無意味です。したがって、あなたが兄弟に差し延べるものには一切の制限を設けてはなりません。

名称未設定

5. The Holy Spirit, Who leads to God, translates communication into being, just as He ultimately translates perception into knowledge.
 神の下へと導いてくれる聖霊は、コミュニケーション実在へと変換してくれます。それはちょうど聖霊が究極的には知覚を知識へと変換するのと同じです。

 The ego uses the body for attack, for pleasure and for pride.
 エゴは、攻撃するために、快楽を得るために、そして自尊心を保つために身体を利用します。

 The insanity of this perception makes it a fearful one indeed.
 このように身体を知覚する狂気は、身体を実に恐れに満ちたものとして知覚させてしまいます。

 The Holy Spirit sees the body only as a means of communication, and because communicating is sharing it becomes communion.
 聖霊は、身体をコミュニケーションの手段としてのみみなします。そして、コミュニケーションを行うことは分かち合うことなので、それは聖餐となります。

 Perhaps you think that fear as well as love can be communicated; and therefore can be shared.
 おそらくあなたは愛と同じように恐れも伝えることができ、したがって、恐れを共有することもできると思っているはずです。

 Yet this is not so real as it may appear.
 しかし、恐れを伝達したり共有したりすることは、一見、可能なように思えても、実際は不可能です。

 Those who communicate fear are promoting attack, and attack always breaks communication, making it impossible.
 恐れを伝えようとする者たちは攻撃を助長しているのであって、攻撃はつねにコミュニケーションを断絶させてコミュニケーションを不可能にしてしまうからです。

 Egos do join together in temporary allegiance, but always for what each one can get separately.
 たしかに、エゴエゴが一時的に忠誠を誓い合って協力することはあります。しかし、それはいつでも、エゴ各自が別々に手に入れることのできる何かのために一緒に結びつくだけです。

 The Holy Spirit communicates only what each one can give to all.
 聖霊は各自がみんなに与えることができるものだけを伝えます。

 He never takes anything back, because He wants you to keep it.
 聖霊は、自分があなたに与えたものを持っていてほしいので、何であれ聖霊が一度あげたものを取り返すようなことはしません。

 Therefore, His teaching begins with the lesson:
 したがって、聖霊の教えは次のレッスンから始まることになります。


To have, give all to all.
持っているために、みんなにすべてを与えなさい。



6. This is a very preliminary step, and the only one you must take for yourself.
 これはまさしく準備のための一歩であり、そして、あなたが自分で踏み出す必要がある唯一の歩みです。

 It is not even necessary that you complete the step yourself, but it is necessary that you turn in that direction.
 あなたは自分自身でこの歩みを完了する必要すらありません。ただし、その一歩を踏み出す方向にあなたが向きを変えることは必要です。

 Having chosen to go that way, you place yourself in charge of the journey, where you and only you must remain.
 すでにその道を進むことを選んだ以上、あなたは自分自身をその旅路の責任者としての立場に置いたのであり、あなたが、それも、ただあなただけが旅路の責任者であり続けなければなりません。

 This step may appear to exacerbate conflict rather than resolve it, because it is the beginning step in reversing your perception and turning it right-side up.
 この段階は葛藤を解消するよりも、むしろ葛藤を募らせるように思えるかもしれません。なぜなら、これは、あなたの知覚を逆転させて、正しい方向に向け直すための第一歩だからです。

 This conflicts with the upside-down perception you have not yet abandoned, or the change in direction would not have been necessary.
 このことは、あなたがまだ完全に捨て去ってはいない倒錯した知覚と衝突します。とはいえ、そもそも知覚が転倒していなかったなら、あなたが方向を変える必要もなかったはずです。

 Some remain at this step for a long time, experiencing very acute conflict.
 この段階に長い間留まって、きわめて深刻な葛藤を経験する者もいます。

 At this point they may try to accept the conflict, rather than take the next step towards its resolution.
 この時点で、彼らはそんな葛藤の解消に向けて次の一歩を踏み出すよりも、葛藤を受け入れようとするかもしれません。

 Having taken the first step, however, they will be helped.
 それでも、すでに一歩を踏み出しているので、彼らは助けてもらえるでしょう。

 Once they have chosen what they cannot complete alone, they are no longer alone.
 彼らがひとたび自分だけでは完了できないことを選んだ以上は、彼らはもはやひとりきりではないのです。


名称未設定

次

関連記事

気に入ったらシェア!

  • B!
  • LINE
  •         
 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

コメント0件

コメントはまだありません
未分類 (11)
奇跡のコース (6)
書籍 (4)
朗読 (1)
映画 (2)
アフォリズム (11)
教材 (3)
ネット (1)
テキスト (262)
┣  テキスト第1章(奇跡の意味) (7)
┣  テキスト第2章(分離と贖罪) (8)
┣  テキスト第3章(潔白な知覚) (7)
┣  テキスト第4章(エゴという幻想) (8)
┣  テキスト第5章(癒しと完全性) (8)
┣  テキスト第6章(愛のレッスン) (8)
┣  テキスト第7章(王国の贈り物) (11)
┣  テキスト第8章(戻りの旅路) (9)
┣  テキスト第9章(贖罪の受容) (8)
┣  テキスト第10章(病の偶像) (6)
┣  テキスト第11章(神かエゴか) (9)
┣  テキスト第12章(聖霊のカリキュラム) (8)
┣  テキスト第13章(罪なき世界) (12)
┣  テキスト第14章(真理のための教え) (11)
┣  テキスト第15章(神聖な瞬間) (11)
┣  テキスト第16章(幻想を赦す) (7)
┣  テキスト第17章(赦しと神聖な関係) (8)
┣  テキスト第18章(夢の消滅) (9)
┣  テキスト第19章(平安の達成) (9)
┣  テキスト第20章(神聖さのヴィジョン) (8)
┣  テキスト第21章(理性と知覚) (9)
┣  テキスト第22章(救いと神聖な関係) (7)
┣  テキスト第23章(自分自身との戦い) (5)
┣  テキスト第24章(特別であるという目標) (8)
┣  テキスト第25章(神の正義) (9)
┣  テキスト第26章(移行) (10)
┣  テキスト第27章(夢を癒す) (8)
┣  テキスト第28章(恐れを取り消す) (7)
┣  テキスト第29章(目覚め) (9)
┣  テキスト第30章(新たなる始まり) (8)
┗  テキスト第31章(最後のヴィジョン) (8)
ワークブック・パート① (238)
┣  レッスン1〜10 (10)
┣  レッスン11〜20 (10)
┣  レッスン21〜30 (10)
┣  レッスン31〜40 (10)
┣  レッスン41〜50 (10)
┣  レッスン51〜60 (11)
┣  レッスン61〜70 (10)
┣  レッスン71〜80 (10)
┣  レッスン81〜90 (11)
┣  レッスン91〜100 (10)
┣  レッスン101〜110 (10)
┣  レッスン111〜120 (11)
┣  レッスン121〜130 (10)
┣  レッスン131〜140 (10)
┣  レッスン141〜150 (11)
┣  レッスン151〜160 (10)
┣  レッスン161〜170 (10)
┣  レッスン171〜180 (11)
┣  レッスン181〜190 (11)
┣  レッスン191〜200 (10)
┣  レッスン201〜210 (11)
┗  レッスン211〜220 (10)
ワークブック・パート② (158)
┣  ワークブック・パート②特別解説 (15)
┣  レッスン221〜230 (10)
┣  レッスン231〜240 (10)
┣  レッスン241〜250 (10)
┣  レッスン251〜260 (10)
┣  レッスン261〜270 (10)
┣  レッスン271〜280 (10)
┣  レッスン281〜290 (10)
┣  レッスン291〜300 (10)
┣  レッスン301〜310 (10)
┣  レッスン311〜320 (10)
┣  レッスン321〜330 (10)
┣  レッスン331〜340 (10)
┣  レッスン341〜350 (10)
┣  レッスン351〜360 (10)
┗  レッスン361〜365 (3)
マニュアル (42)
心理療法 (13)
用語解説 (8)
祈りの歌 (15)