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レッスン280「私が神の子にどんな制限を課しうるというのだろう」


レッスン280です。

「私が神の子にどんな制限を課しうるというのだろう」が今日のテーマです。




まず、キリストってなに?をご覧ください。

ここ一連のレッスンでは、神の子自由であること、その自由意志を間違って用いることによって自縄自縛に陥ることができてしまうこと、そうだとしても、神の子自由意志は不死なる神の子永遠の属性として与えられたものなので、神の子に不自由になる自由があるといってもそれはそう信じることができるだけで、神の子が神に創造されていない神の子ではない存在に変わることはありえないので、神の子が自縄自縛によって制限された状態は自分で誤解して信じている状態、錯覚でしかなく、自由であることが真実なので、それに気づくことで本来の自由に戻れることを再確認しました。

自由意志は自由な思考を可能にするものですが、自らを制限して本来の無限の状態から卑小なものへと歪曲することも可能であり(この成り下がり状態についてはレッスン26「私の攻撃的な思いが、私の傷つきようのない不滅性を攻撃している」のエッセイを参考にしてみてください)、その意味で、好き放題に思考しても問題ないというわけにはいかず、正しくない思考と正しい思考とがありうることがわかります。


コースは、私たちが身に付けてしまった間違った思考体系をアンインストールして正しい思考法を身につけさせて本当の自分を思い出させてくれます。



Lesson 280


What limits can I lay upon God's Son?
私が神の子にどんな制限を課しうるというのだろう。



1. Whom God created limitless is free.
 神が限界のないものとして創造した者は自由だ。

 I can invent imprisonment for him, but only in illusions, not in truth.
 私は神の子幽閉されている状態をでっちあげることはできるが、それは単に幻想の中でのことにすぎず、真実ではない。

 No Thought of God has left its Father's Mind.
 神の抱く大いなる思いは何ひとつ、その生みの親である神の心から一度も離れたことはない。

 No Thought of God is limited at all.
 神の大いなる思いで、少しでも制限されているものはひとつもない。

 No Thought of God but is forever pure.
 神の大いなる思いは永遠純粋であるのみだ。

 Can I lay limits on the Son of God, whose Father willed that he be limitless, and like Himself in freedom and in love?
 父なる神が限界のないものであり、自由であることにおいてもに満ちていることにおいても自分自身と同じものであるようにと意図した神の子に私が制限を課すことなどできるだろうか。



2. Today let me give honor to Your Son, for thus alone I find the way to You.
 今日こそ、私にあなたの子を讃えさせてください。というのも、そうすることでのみ、私はあなたへの道を見出せるからです。

 Father, I lay no limits on the Son You love and You created limitless.
 父よ、私は、あなたがし、限りないものとして創造したあなたの子にいかなる制限も課しません。

 The honor that I give to him is Yours, and what is Yours belongs to me as well.
 私が神の子に捧げる賞賛はあなたのものです。そして、あなたのものであるものは、私のものでもあるのです。


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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。


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